象々の素敵な日記 古本屋の日記

象々の素敵な日記

アメリカ

詩集

(現代詩文庫 鮎川信夫詩集)

 

……。

 

僕はひとりとり残される

聴かせてくれ 目撃者は誰なのだ!

いまは自我をみつめ微かなわらいを憶いだす

影は一つの世界に 肉体に変わってゆく

小さな灯りを消してはならない

絵画は燃えるような赤でなければならぬ

音楽はたえまなく狂気を弾奏しなければならぬ

「アメリカ……」

僕は突如白熱する

僕はせきこみ調子づく

僕は眼をかがやかし濤のように喋べりかける

だがあたりには誰もいない

無言で蓄音機のレコードが廻転する

「アメリカ……」と壁がこたえている

ひとり占いの賭博者のように

眉をひそめて手のなかのカードを隠してしまう

あらゆるエイスの価値と

護衛つきキングと慰めをあたえるクインの価値とが

頭のなかでごちゃまぜに縺れる

「アメリカ……」

もっと荘重に もっと全人類のために

すべての人々の面前で語りたかった

反コロンブスはアメリカを発見せず

非ジェファーソンは独立宣言に署名しない

われわれのアメリカはまだ発見されていないと

 

……。

 

憐れむべき君たちの影にすぎぬ僕は

きちんとチョッキをつけ上衣を着て

テーブルに凭れて新しい黄金時代を夢みている

いつの日か 僕らの交わす眼ざしや

なにげない挨拶のうちから生まれる未知の国民のことを……

そして至高の言葉を携えた使者が

胸にかがやく太陽の紋章を示しながら

宮殿や政府の階段をとびこえ

僕らの家の戸口を大きな拳で敲く朝のことを……

ああ いつの日からか

熱烈に夢みている

 

(鮎川信夫 アメリカ より)

 

では、

さようなら。

2011年を生きた、

あなた。

古本屋の日記 2011年12月31日