また雨。雨の日が、ようするに好きなんですね。古本屋にとっては野外の即売会や出張買取りの時など、雨は憎むべき天敵ですが、小さなお店の奥の、古本に埋もれた帳場で聞く雨音はどこか現実離れしていて、今日の、貧しい売り上げの憂いなどは何所かへ溶かし去ってしまいそうです。誰も訪れる者のない古本屋。誰からも忘れ去られ、うず高く積み上げられた書物の一部となって、ぽそぽそと、遠い過去から受け継がれつぶやかれる言葉の水滴の、幾重にも折り重なり響き合うその音に聞き惚れている内に、雨の日に来るあの人、どうしてもその顔をはっきりとは思い出すことができない例の黒い影の男が、煙る視界の向こうから急に現れたようにこの店に入ってきて、古ぼけた一冊の書物を開いて読み始めるのです。その長い長い物語のわずか数行に、雨の好きな古本屋とそのお店の顛末が書かれていて、いつもそこのところで顔を上げてこちらを見るのですが、それは僕のことではありません、と、未だ云えずにいるのです。
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