昨日のマンガの整理。査定の段階では、なんとなく、ふわっと、セットものはみんな揃っているような気になって値踏みしたのですが、一夜明けて改めてよくみてみると、どれも少しずつ欠けていて、実際はほとんど揃っていない事に気づきました。そういえば、数日前に宅配で買取った書学大系も2冊欠けていたし、名古屋の市場で買った某美術書も作品プレートが数葉欠けているのをまあそれでもなんぼか売れるやろとたかを括っていたらどうも少しも売れる気配がない。なんや、近頃、「欠」に取り憑かれているようです。
夜。地下鉄に乗り暗い窓の外を睨みながら考えるに、それは、近頃少しはまともになったような気がしてすっかり忘れてしまっていた自らの本来的な欠如が(……遠くへ過ぎ去ったと思っていた暗い影のような空虚が……)、まだしっかり自分の中に住まっている事を忘れてはならぬと生霊ならぬ欠本の連鎖として外在化しわたし自身に知らしているに違いない。しかし、なにゆえにこの良き春に?欠如だか欠本だかがわたしを訪ねるのか?負けるものかと微量の鼻血垂れるほど踏ん張るも、よく考えてみれば知らしているのはわたし、知らされているのもわたし、この何かが足りない本たちはつまるところわたしの相似形で、力もうが悲しもうがそこにあり端から見れば馬鹿げた独り相撲であるに違いないのです。
窓の中に欠けた顔。アンパンマンみたいに人助けした訳でもないのに。