奇妙な同居人、フミちゃんに関する断片的な記憶 その1
5年も一緒に住んでいたのに、フミちゃんをフミと呼んだことは一度もありません。フミちゃんは自分のことをミキと名乗っていたので若ゾウは何の疑いもなくフミちゃんをミキと呼んでいました。一緒に住んで4年目くらいに、フミちゃんがほんとうは****ミキではなく****フミであると告げられたとき、ああ、そういえば、ミキのポン中の母親やその恋人がいつもフミちゃんフミちゃん云うてたな、なんで今まで気づかんかってんやろ、と、我が事ながら自分の抜け作ぶりに感心したものです。まあ、ほとんど定住することなく、関東一円をあっちへふらふらこっちへふらふらしているだけの、名前なんかあってもなくても同じような暮らしぶりでしたので、あまり、細かい事は気にならなかったのかもしれません。ミキだろうがフミだろうが、ちょっと出っ歯のぶちゃいくの、黒人かぶれのアフロヘアーの女の子であることにはかわりなく、そもそも、フミちゃんは、ほんとうに嘘ばっかりつくので、なにがなにやら、名前が違うくらいは、その当時は大した事とも思えなかったのです。
5年の間、フミちゃんがわたしに話したことの中でどれくらい本当の事があったのだろうかと、今でも時々考えこんでしまう事があります。たとえば人のモノを盗んだりしてもまったく罪の意識を感じない、というか、どちらかと云えば隙あらば積極的にパクる、という、変な方向に前向きな性格と、自分の中の一般的なモラルの欠如を説明する時にいつも話していた幼少期の暮らしぶり(あんまり詳しくは云えないのですが……)などは、聞いているとほんとうに身につまされホロリとくるような内容で、そのリアルさは、あながち嘘ばかりでもないように思えるのですが、まあ、そんな人の優しい気持ちの隙をついて、うまい事やるのが、ようするに、フミちゃんのいつもの手口なのですが……。