象々の素敵な日記 古本屋の日記

象々の素敵な日記

誰の所有でもない光について。

「萌の朱雀」は奈良県西吉野村で林業を営む家族の姿を描いた物語、ではなく、奈良県西吉野村の光で林業を営む(劇中では定かではないのですが)家族の姿をフィルムに写し撮った、その光の、階調である。物語に囲い込まれる手前の、ともすれば壊れてしまいそうな危うさを秘めた光。物語よりも、演技よりも、この90分を成り立たせているのは、すべてに先行して(おそらく地球が存在する以前から存在し)この地上に変ることなくありつづける光である。映画の中で最も鮮やかに最も印象深く描かれる山の緑ー自然は、時間を越えた光の中にあり、人もまたその中にある。わたしたちを脅かす闇でさえも、やはり同じように光の中にあるのだ。河瀬直美は、けっしてその光を遮らないよう、物語の明快さを捨て、過剰な演技を捨て、全て恣意的なものは光と対立することを知って、それらが光の邪魔にならぬよう、細心の注意を払ってフィルムを回している(と、勝手に想像いたします)。……。死んだ父親が最後に残したフィルムの中の村人たち、フィルムの中のフィルム、の中の、奈良県西吉野村の光の中のーーあれはいったい誰の記憶、誰の光であるだろうか?

古本屋の日記 2012年4月19日