ほの明るい夜の闇に浮かぶ目玉の気球や暗い水の上を跳ねる奇妙で少し滑稽な蜘蛛、に似た黒い生き物。死の鐘を揺らす虚ろなマスク……多くの、夜の住人たち……そのようなものの微かな気配を、わたしの、明るさに目が眩んだ視覚でも捉える事が出来るように、オディロン・ルドンはその作品を残してくれたのでしょうか。途方もない時間と距離の向こうから、つまりは幻視された目の前の世界から、わたしに開かれた夜の世界、そのような場所が案外すぐ側にあるんだなと若いわたしは妙に納得して、行き来可能なその夜へ、人間でないものになって永遠に逃避したいものだと思ったのでした。ゆっくりと揺れるつづける不吉の鐘の音が告げる。こちらでは不吉なものが、あちらでは幸福の約束である、ナカシマジュンよ、通れ。
(聖アントワヌの誘惑より〜
アントワヌ「こうしたことすべての目的はなんだ?」
悪魔「目的などありはしない」