象々の素敵な日記 古本屋の日記

象々の素敵な日記

妄言。

眠れぬ夜、赤い模様の毛虫を、洗面台の上に見つける。

何度水に流しても、また、現れる。

知らない虫は、怖い。

眠れない。

眠い。

 

珍しく入った新刊書店のスチール製の本棚を斜めに移動する蜘蛛のことを思い出しながら考えたのは、だいたいのことは、だいたいにおいて、どうしようもないということでした。たとえばわたしが傷ついた誰かのことを思っても、何かどえらい、世界的な不幸について心を痛めても、その同じ心は、今日の金のないこと、あいつが腹立つこと、ビールとラーメンにするか、ビールと饂飩にするかなどくだらないことに心奪われるわけで、そこから一歩でも外にはみ出したことなんて本当はぜんぜんなんとも思うことが出来ないのですよだって、つねってみても、わたしは少しも痛くないわけでして。どこかの国でこどもが苦しんでいても涙を流すわたしは全然苦しくないし誰かが首括ってもぜんぜん全く苦しくない真剣に共感、していると信じ込んでいる人をわたしは全然信じることが出来ないしだいたい人間はいいかげんにしか自分の外のことは考えることが出来ないように作られているわけでして、そんな自分のこころを、なんとかしたいと思っても、ぼくはぜひともあなたのために死んでゆきたいと思っても、だいたいのことは、だいたいのところ、どうしようもないわけでして。蜘蛛がピカピカの本の壁をカサカサと音を立てて移動してゆくのを克明に思い出し辿りながら、こんな幼稚な思考にとらわれて身動きできなくなる午前三時にわたしは大学時代に中世の教会建築について教えてくれた石造の頑な学者魂を持ったあの女教授に恋していたのだと、何故か二十年の時を経て気づいてしまったのです。

古本屋の日記 2011年10月31日