朝。
ビルとビルの間の青空をすうっと飛行機が飛んで行くの見て足を止めるのはよいことだと思う。そうしてなぜか、街の中で突然人が消滅する可能性について考える。忙しく動き続ける周りを見回して、やっぱりそれも、よいことだと思う。
星田。
朝の晴れた空が消えて昼過ぎに雪。プチ、地吹雪。は い い ろ の ほ し だ を く る ま で は し る。
病院。
待ち合いの椅子に座って、前の、谷町月いち即売会の、寸心堂さんの棚から選んで買ったボルヘスのエッセイ集の、気に入った箇所をパラパラめくって、すぐにウトウトする。多くの書物を織り込んだこの優れて詩的な論考を、ただ博学に憧れるだけの場末の古本屋は少しも理解することはないけれども、眠ったまま、とりあえずページだけは開いている。
「周知のように、個人のアイデンティティは記憶に依拠しており、その機能が働かなくなれば、人はうつけてしまう。それと同じことが宇宙についても言えるだろう。永遠がなければ、つまりすべての人の魂を通過した出来事すべてを映し出すデリケートで秘めやかな鏡がなければ、個人の歴史を含む世界の歴史は失われた時間になるだろうーーそのことによって、われわれは悲しいことに亡霊と化すのだ」
「見せかけの昨日のある瞬間と見せかけの今日のある瞬間が区別することも分離することもできない、ただそれだけのことで時間は崩壊する」
木村榮一編訳ボルヘス・エッセイ集(平凡社ライブラリー)収録ーー永遠の歴史より。