昭和初期頃に輸入されてきたと思しき、一人前にクロノグラフ(もどき)の機能が付いた懐中時計。無名メーカーのものですが、竜頭を回して耳を澄ませば、コチコチとなかなかに調子良く時を刻み始めました。今日は一日この懐中時計の音を聞きながら仕事をしたり昼寝をしたりしていたのですが、なるほど、これが何事かが過ぎ去って行く音なのだなと、夏の終わりに、一人で妙に感心してして、結局横たわって耳を澄まし続けているうちに日が暮れてしまいました。
全て過ぎ行くことは素晴らしい。コチコチと乾いた音に歩調を合わせて、死へと歩いてゆくのは楽しいコチコチ。やって来るものよりも去ってゆくものの方が愛しい。時は無情であるから優しい。コチコチはウトウト。コチコチはウトウト。この眠りのトンネルを抜ければ素晴らしく晴れた永遠にたどり着く。そこでふと振り返って、わたしは素敵な懐中時計を忘れてきたことに気づく。