僕は、古本屋の店先に置かれた空気入れです。「ご自由にお使い下さいーー」暇な店主の、集客作戦の一環。困った自転車を、助けたい、というより、助けたげるから、立ち止まって、この小さな古本屋に目を、止めてほしい。できれば中に入って、東野圭吾の文庫本でも買ってくれたら有り難いのですが、店先の、百円均一の本でもかまいません。店主は、店の奥から、鬼気迫る顔つきで、僕を睨みつけている。誰も、来ない。雨だとよけいに、暇。役立たずめ、僕は恐縮しながらも、思う。そんな怖い顔をしていたら、誰も、入れないでしょ。古本屋は、待つのが商売。売るのも、買うのも。待つーー長いこと、あなたが振り向いてくれるのを待つ。いつまでも、いつまでも、待つ、心は、やがて、鬼の形相になる。あっ、立ち上がった。いつも店主は店先で煙草をぷかり吹かす。さり気なく、存在をアッピールする。アーケードに遮られて見えない空を、雨を、見上げて、僕を、こつんと、蹴飛ばす。
空堀通りの古本屋には空気入れが置いてあります。
古本屋の日記 2011年6月12日