なんのことはない。かしこでないと気づいたのが四十過ぎだったのだ。子供の頃、星田で、ふくっちやしょーちゃんやいけだからじゅんはかしこやかしこやと云われていたのでてっきりそうなんかと思い込んで数十年、漢字を読めばそれは間違いで厚生君に注意される、市場で詩集の巻頭に作者の識語を見つけて喜んだがその字が読めずに山ちゃんに哀れまれる。本屋の得意ジャンルであるはずのものがその始末。理科と算数はからっきし。歌は下手、走れば転ける。優しいフリしてほんとはいじわる。実はそんなに本を読まないーー漢字が読めないんだから読みようがない。けれども自分のことをかしこだと思っているもんだから読んだと思い込んであることないことぺらぺら喋る。なんかおかしい。そう思いながらもふくっちやしょーちゃんやいけだがかしこやかしこやと云っていたのだからやっぱりちょっとはかしこなんやろうと思うけれどもどうもおかしい。かしこが、こんなに出来の悪いものであるはずがない。かしこやからいつかどないかなるやろ思てたけど、ほんまにかしこか??四十を過ぎて、そこに気づいた。
「おかあはん、わし、かしこやったろうか?」
「いや、あんた、ぜんぜんかしこちゃうかったで。中学の時の進路相談の時センセになんて云われたか憶えてへんのかいな?」
「憶えてへんね」
「あほやなあ、あんた、高校行かれへんて云われてたやないの……行くとこもないのに夜真っ暗になるまで話し合いさせられたやないの。センセにどつかれとったやないの。あほ」
冬枯れの道。とぼとぼと歩く。もっと前にかしこちゃうって知ってたらなあと自分に話しかける。こんなこと、人に云えんしな。わしがかしこなとちごて、あいつらがめちゃアホやっただけや。今日、その夢から覚めたやなんて。痛い。寒い。おお寒。おおさむ。居酒屋は、どこや。