象々の素敵な日記 古本屋の日記

象々の素敵な日記

片町線。

インド亜大陸の失われた宗教ーー「マガ・ブラーフマナ=ボージャカ」と「ガンダーラ・ブラーフマナ」に関する短い概説を読みながらふと目を上げると生駒山に見下ろされたのどかな片町線沿線のパノラマビュー。昼過ぎの、松井山手行きの、がらがらの電車の、最後尾。緑鮮やかなこの景色、この時間が、どこか遥か彼方の別の場所、別の時間ではないとは必ずしも云い切れないと、思う、とたんに、いつものように目に映る全てが揺らぎはじめ、見た事のない大きな鳥が空を舞い、どんなに遠くからでも聞くことのできる人の祈る声が聞こえてくる。ーー褐色の乾いた土地、乾いた土の風を渡ってやってくる無言のアーリア人の一団が、四条畷の駅前で自転車の鍵を覗き込むおばちゃんの側を通り過ぎてゆく。白衣の著述家が書き物の手を止める。美しい女がオアシスで水を汲んで、したたり落ちる滴の中で退屈な皇帝陛下が頬杖を突いている。もちろん、聖なる白牛の嘶きも確かなものとして聞こえて来るのです。無数の別の時間、無数の別の場所が、今ここ、今この時にあふれ始める。逆流ではなく、それらは失われていないものとして、前も後ろも、上も下もなく目の前にあるーー。穏やかに、時間と空間が混じり合う混沌とした広がりにわたしは落ちてゆくのですが、これをわたしは、いつものような、昼下がりの電車の心地よい振動によって誘われた浅い居眠りだとは思わないのです。

古本屋の日記 2012年9月13日